1.らせん階段
2.黒い雨
3.ろくでなしって
呼んで下さい。
4.ハーメルンの笛の音
5.ブーツ
6.道玄坂を転がり落ちて
7,柊の胸
8.何度でも
9.汽笛は泣いて
10.太陽の人
11.露草
12.春吉
2012年5月23日発売
前作も共に音作りを手がけたエンジニア谷澤氏と、矢野自身が各地で出会い、惹かれた音楽家たちを集めた新たなレコーディングチームで、高知を飛び出し 制作した今作。温かみのあるアコースティックバンドサウンドから、シンプルなピアノ弾き語りまで、全曲A面の名盤誕生。
矢野絢子さんの新しい歌を聞きながら、年齢よりも先に年をとってしまった架空の女の子のことを思っていた。その女の子はスタスタと年をとり、 だいぶ先の曲がり角のところで年齢が追いつくのを待っていた。だが、 年齢が向こうからやって来るのが見えると、女の子はまた歩き出してしまう。
矢野絢子さんがどうして物語性のある歌を歌うようになったのかぼくは知らない。
だけど矢野さんは、架空の女の子と同じような時間のギャップを自分の中に 抱えているような気がする。そしてそのギャップが、矢野さんの物語の生まれる場所なんだと思う。
「宝物」
好きだ。
それだけでこの文章を終えても、いいかも知れない。
このライナーノーツをぼくは2度書いては、クシャクシャに丸めて、 捨てるのではなく、食べてしまった。必要ないものがないのだ、 矢野絢子という人間の空気があるモノたちに。
1度目は、音源を聴く前。 レコーディングもスタートしていなかった昨年の夏。 この作品のレコーディング場所と同じ小淵沢で、 曲作りをしながら、真夏の真夜中に書いた。 曲も聴いていなかったもんで、 ただのラブレターみたいになったのを覚えている。 2度目は、レコーディングが終わり、この12曲が家に届き、 部屋で1人、深呼吸して聴いたあの日。 曲を聴きながら書いた。書いている内に、 聴き入ってしまい、手が止まり、涙だけ流れた。 最後まで文章を書くには、もうすこしこの作品を、 部屋で、心で、鳴らしてからにしよう。そうでなければ、 言葉にならないからだ。 そして今、3度目。
まるで、大好きなライブの後、その空気とさよならできず、 服を洗うのが、眠るのが、イヤになる夜のように。 ライナーノーツをどうやって書こうかと考えてきた時間たちと、 さよならできず、書き終えるのがさみしくなり、 書くのをやめようかなと思いながら。 格好つけるわけでもなく、色をつけて書くわけでもなく、 正直にすべて書こうと想い、書いている。
この12曲は生きている。 再生ボタンを押すと、すぐそばにやってきてくれて、 呼吸をするように歌を歌っている。イキモノ。 それは、矢野絢子という確かな心が灯っているからと、 歌が必要な、場面や人や、傷や幸せが、 今日までと、そして未来に、 彼女にも、聴く自分にも、きっとあなたにもあるからだろう。
過去の傷や過ちを、 「いいよ、大丈夫。同じだけ一緒に泣かせてよ。」 というようなすこし不器用な痛々しい優しさと、 未来への不安を、 「いいよ、同じように不安だよ。でもそばにいるよ。」 という、言葉より強い愛情で、 夜に闇を照らす月のように、聴くものを照らしてくれる。 その全部で、ギューっと、抱きしめてくれる12曲たちだ。
ぼくは1曲だけハーモニカで参加させていただき、 レコーディングの空気に参加させていただいた。 太陽の人、という大好きな曲だ。 この曲は、ぼくが歌っているバンド「太陽族」に、 歌ってくれた曲で。昨年のぼくの誕生日に、 長野県ネオンホールで、ライブ初歌いだという音源を、 誕生日プレゼントとしてプレゼントしてくれた。 それから、全国各地の高速道路で、ツアー中に車で聴いた。 部屋でも、散歩しながらも、さみしい時も、うれしい時も聴いた。 そしてこれからは、この作品の音源も何度も聴くのだろう。 何度聴けるのだろう。命ある限り聴くのだろう。
そんな感情をちいさい心に抱いて、 すこし夏の空気がのこるような気がするような、 昼下がり、太陽の灯りが部屋を抱き締め、ぼくは深呼吸するように、 このハーモニカを吹いた。
この作品を一生愛するだろう。そして、聴く人たちみんなが、 あたたかい温度で、この作品を愛するんだろうなと想うと、 そのひとりひとりに、会いにいきたい気持ちです。
参加している音楽家たちが、本当に矢野絢子さんを愛し、 聴く者たちを抱き締めようと、感情があふれそうな空気だったのを、 ここに書きのこさせてください。ぼくも含め、参加したみんな。
小淵沢のスタジオにつき、真夜中。 そんな音楽家につつまれ、 絢子さんは吸入器でその日の声を癒し、また次の日に向かい、 眠る前のオヤスミ、に、(声よでろ)と祈った自分がいた。 その先には、命綱のように、 でもやわらかい気持ちで曲たちを聴く、 そんな人たちの心を、抱き締める未来があるのだから。
その未来が、もうすぐやってくるのだ。
この12曲の誕生日は、あなたが聴いた、 その日その時間の瞬間だろう。発売日じゃなくたっていいのだろう。 その数だけ、作品が、物語があるのだと思う。
思い切り自由に、聴いてみようと想う。 何度も何度も聴けるだなんて、生きていてよかった。 これからも生きていこう、何度も何度も聴いていたいから。 そうか、まだまだこれからじゃないか。
好きだ。それだけでやはり、いいのかも知れない。
これを読んでいるみなさんも、 きっとこんな気持ちがわかってもらえるのではないだろうか。
大好きだ。